タイトル: ゾクチェンの教え―チベットが伝承した覚醒の道
著者: ナムカイノルブ
紹介者:鈴木 美咲
内容紹介:(Amazonより)
日常生活から離れずチベット独得の方法をとりながら、なお宗派や風土を超えた普遍性をもつ、原初の境地を悟る道を、チベット人導師ナムカイ・ノルブが、簡潔な口調で伝える。
これはさらっとでいいかな。
さっきの話と通じるんだけど。
何歳ぐらいの時に読んだ本?
これはね、3年前くらいかな。
最近だ?
そう。たぶんこの「引き寄せの法則」の後かな。「ゾクチェンの教え」っていうのはチベットに昔から伝わる教えで。
チベットってチベット仏教がすごく浸透している国で、いや国でもないんだけど(※ チベットは中国の自治区なので)、宗派が4つあるんだけどそのどこにも属してない「ただの教え」なの。宗教になってない。
うん。
これを読んだときにも「空海とかエイブラハムが言ってることと同じだな」って。
すごく面白かったのは、もうさ、このゾクチェンの教えは地球だけじゃなくてその他13の惑星にも共通しているみたいなことがさらっと書いてあるの(笑)。
すごいね(笑)。
宗教の教えってさ、毎日同じ修行するとか、怒りを鎮めるとかそういう道徳的なことが書いてあるじゃない。
でもこれは毎日同じ修行をしていたとしても「今日は気分が乗らないな」っていう日があったら、それは自分では把握しきれないエネルギーの部分で何か調整が起きているのかもしれないから「やらないでゆっくり休みましょう」みたいなことが書いてあったりして。
あとは、怒りが沸いてきた時にその怒りを鎮めるんじゃなくて、怒りはこう「上に昇っていくエネルギー」だから、そのまんま放出すると怒りの神様「憤怒神」に届いて昇華されるみたいな。
そういうことが書いてあるの。
宗教的な教えだけどすごいしっくりくるなって思って。そういう教えが昔から脈々と伝えられていたことにちょっと感動した。
今の話を聞くと、宗教的な教えだけど日常生活にも活用できそうな感じだね。
ゾクチェンについて少しだけ詳しく
ゾクチェンはチベット仏教の4大宗派のうちのどれにも属していない、各宗派の土台になっている教え。(仏教で例えるとブッダの言葉がそのママ残っているようなイメージらしいです。)
詳しくはこちら→
そう、活用できそう。引き寄せの法則の方はフラットな感じで、ゾクチェンの教えは「教え」として守られてる感じかな。
この教えはチベットの中で「宗教」としてあるの?それとも「道徳」なんですか?
なんかね、宗教でもない「ただの教え」として書いてあるんだよね。チベットにあるすべての宗教の根っこにある教えとして書いてあって。実際どういうふうに伝えられてるかは私もよく分かってないんだけど。
「エネルギーの扱い方」みたいなことが書いてあるんだよね。
今の話を聞いていて「こういうのに興味が無い人がいきなりこれを読んだら多分ビビるだろうな」っていう感じがあって。
そうだろうね。
この「本と人」では紹介する本を「どういう人に読んで欲しいか」みたいなことも伝えられたらいいなって思ってるんです。こう、読むタイミングって大切じゃないですか。
これはなんかさ、何の前知識もない人にさらっと渡したらさ、何言ってるのかチンプンカンプンかもしれないよね。
(笑)なんかそんな感じがするなって。
これは私がいろんな本を読んだ後で「答え合わせ」的に面白かったんだよね。
はいはい。なんかその「宇宙」とか「魂」とかいろんなものがあって、それが繋がってるんだなっていうしっくり感が。
そう。でもこの地湧社(ぢゆうしゃ)っていう会社が出してる本は結構そういう感じで。マニアックだけど面白い本が沢山あって。「また地湧社かっ!」って(笑)。
好きなんですね(笑)。
そうなの。
なんかこの、こういう本に書いてあるようなことって、20代そこそこですごく勉強して理解するのと、60代とかになって「あぁ、そうなんだよな」って理解することもあると思うんだけど。
なんか、早い方が良いってものでもないだろうなって思います。
そうだね。これは遅い方がいいかもね。
例えば「悟る」ってことでも、あんまり早く悟っちゃまずいんじゃないかな?と思ったりするんです。「悟る」前に「やってみて」「失敗して」っていうことが沢山あるじゃないですか。そういう過程って必要なんじゃないかな?って思ったりするんですよね。
うーん、そうだね。
なんか「悟り」っていう言葉の捉え方も一般的な捉え方と、最近私が思う捉え方って違うのかなって。「悟り」って一般的に言うともう「完璧」みたいな感じでしょ。
そうですね。
一切の悩みがなくて、心が波のない水面(みなも)みたいな。
そうそう、そうでしょ。でも実際の「悟り」っていうのは「そのまんま」「あるがまま全部受け入れる」って感じだから。
失敗するけど、失敗を責めることもなく「じゃあ次」って考えられるフラットな心持ちみたいな。
なるほど。今日二人で話しているようなことって詰まるところ「どんな学び方、考え方をしていれば幸せになれるか」「苦の無い状態に近づけるか」みたいな話なのかな?と思ってるんですけど。
エイブラハムは「苦の無い状態なんて来ない」って話していて。「苦」があるっていうことは「嫌な状態」と相対的に存在する「本当はこうだったらいいのにっていう状態」がある。
「嫌な状況」になって始めて「望み」が生まれるんだって。同時に生まれるから。
なるほどね。
それによって人は望み続けることができて。望み続けることはエネルギーの状態の自分の栄養になるんだって。
栄養とか、そのへんの話になると怪しくなるけど。苦しい状況になるとコントラストが生まれて、コントラストが人を成長させるから。コントラストを楽しめって。
なんか、そうですね。今日ずっと話をしていて思うのは「自分を客観視しているもう一人の自分」の大切さというか。
「今苦しい…!」っていう時に「今」の視点しか持っていなかったら「ただ苦しい」で終わっちゃうけど。もう一つの視点を持っていることで「ここを乗り切ったら良いところに繋がっていくはずだぞ」みたいな。
そういう視点って大事なんだな、と思ったりしています。
最初はこの「教え」を知らない方が、散々苦しんだ方が「ほんとは何が欲しいのか良く分かる」っていうか。
苦しいとか嫌なことは続くけど「なんで自分は苦しいんだろう?」って常に観察する視点を持っておけたら、そういう辛いことが起きるたびに自分のことを知れるよね。
そうそう。
自分で選べるようになるし。ただ「なんか苦しい」だけで「嫌だっ!」て言って自己分析しなかったら、何か苦しいのか分からないままずっとその苦しいところにいるかもしれないし
うん。
なんかこういう本を紹介して貰ったりすると、やっぱり昔の人が大切にしていた「教え」とか「考え方」とかって当然現代にも通用するし、大事なことがいっぱい書いてあって。
それを知らないがゆえに大変なことになったりもするじゃないですか?
これってどうやったらあれなんでしょうね。そういう昔の「考え抜かれた知恵」みたいなものに触れようって思ったりするのかな。その人のタイミング、きっかけがあるんだろうけど。
そうだねぇ。
でも、今の自分の考え方みたいなのってまさに「宗教を広めようとしている人」と同じ考え方だな。なんか「そんなに苦しまなくて大丈夫ですよ!」って。
あはは。これを知ってれば(笑)。
「これを知っていればあなたは救われます!」って。
まさにこういうことを想って人に教えたいって思うわけだよね。そっか、なるほどね。
私もなんか、今日紹介した本を「誰かに読んで欲しい」とかあんまり思わないかも。自分で読んだ時に「こんな面白い本があって…!」って人に言ったするけど。
そうだね。「読んでみて!」と言いたい訳じゃなくて、なんかその「私はこれが好きだ!」って熱を持って語ってる人がいて。興味がない人は興味ないし、「なんか気になるな」っていう人も出てくるだろうし。それができたらいいなって思いますね。
お話しを伺った感想を少しだけ:
こういう「昔から伝わる大切な教え」の話を聞くといつも思うのは、我々現代人が「死」とか「命」みたいなことについて考える時間と、昔の人がそれらについて考えていた時間の「量」と「質」はどれだけ違うだろう?ということです。
TVを付ければいつでも何か賑やかな番組がやっていて、インターネットにはそれこそ無限のコンテンツが溢れてる。少しでも「暇だな」と思えば、その溢れるコンテンツが隙間を全部埋めてくれる現代の暮らし。
かたや、日中は「生きる」ことに直結する仕事に励み、日が落ちれば真っ暗闇。星が出てる日なら満点の星空。女性は家の中で編み物でもしてたんでしょうか?そんな暮らしの中で静かに向き合う「命」や「死」。
そりゃあ今の私達が思いつくこと、考えられることなんてとっくに考えてあるよな!と思います。量も濃さも全然違うもの。
科学技術はとても進歩しているけど、それは現代人の方が昔の人より「優れている」という話では無いし、むしろ「命」や「死」が遠のいた世界に生きる我々が、昔の人たちの教えから学べることはとても多いだろうな。
鈴木美咲さんが紹介してくれた大切な本の一覧はこちら
1,「銀河鉄道の夜」
2,「旅をする木」
3,「ユルスナールの靴」
4,「バルザックと小さな中国のお針子」
5,「美の浄土」
6,「引き寄せの法則-エイブラハムとの対話-」
7,「ゾクチェンの教え」