自分の使っていた言葉が恥ずかしいなって思ったの。なんか言葉の無駄遣いしてるなって思ったんだよね。


タイトル:ユルスナールの靴
著者:
須賀 敦子
紹介者:鈴木 美咲
内容紹介:Amazonより
今世紀フランスを代表する作家ユルスナールに魅せられた筆者が、作家と作中人物の精神の遍歴を自らの生きた軌跡と重ね、パリ、アレキサンドリア、ローマ、アテネ、そして作家終焉の地マウント・デザート島へと記憶の断片を紡いでゆく。世の流れに逆らうことによって文章を熟成させていったひとりの女性への深い共感、共にことばで生きるものの迷いと悲しみを静謐な筆致で綴った生前最後の著作。

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全然知らない本です。

須賀敦子知らない?

はい。

この人はね、経歴が面白くてずっと翻訳とかをしてたんだけど、60才過ぎて作家デビューしたんだよね、たしか。

60才過ぎて作家デビュー?

62才の時に作家デビューして、その7年後には死んじゃうんだけど。

イタリア文学者で、イタリアに川端康成みたいな日本文学の古典を紹介した人なの。イタリア文学を日本に紹介したりもしていて、結構その界隈では有名だったんだけど、60才過ぎて、翻訳者としてではなく作家として書いた文章がすごくていきなり話題になったんだよね。

なんかすごい人来たっ!て?

こんなすごい新人がいたのか!?しかも60過ぎって(笑)。

たしかに。新人だもんね、60才過ぎて。

「ユルスナールの靴」は最初に出た本ではないんだけど、そもそも60才を過ぎて最初に書いた本っていうのが、須賀敦子が30代の時にイタリアいた頃の思い出話を30年の時を経て短いエッセイにした本なの。

30年の時を経てってすごいね。

それがさ、30年その人の中で熟成されて、本当にきれいな結晶のようになって短いエッセイで語られるわけ。なんかもう「エッセイ」なのか「ノンフィクション」なのか「物語」なのかわからない文章で。分からないがゆえに文学賞とエッセイ賞をダブル受賞しちゃったの(笑)。

えぇ(笑)。
どっちにもカテゴライズしきれないみたいな?

須賀さんの文章を初めて読んだときに「こんなに言葉って綺麗に結晶化して使えるんだ」みたいなのを感じて、自分の使っていた言葉が恥ずかしいなって思ったの。なんか言葉の無駄遣いしてるなって思ったんだよね(笑)。

はぁー、そうなんだ。

そう。だからもうさ、ほんの短い文章から立ち上がってくるものがすごいわけ、この人の文章は。「ユルスナールの靴」もたぶん20代前半の時に出会ったんだけど、それ以来何度読み返したか分からないし、旅行に行くときは絶対この人の本を持ってくのね。どこにいくにも。

なんで旅行なんですか?

なんか旅行ってさ浮足立つじゃない。読むとちょっと地に足がつくっていうか。

へぇぇ。なんかでも不思議だね。浮足だっちゃいけないの?

浮足だってもいいんだけど、こうペラペラ余計なこと言っちゃいそうじゃん。
読むと心がシーンって落ち着くんだよね。

海外旅行とか行くときも持って行くし、なんか一泊でどっかに温泉旅館に行くとかも好きだったんだけど、そういう時は温泉に入っている時以外はひたすら読む、みたいな。

すごいな。

なんかさ、いまってTwitterでもなんでも自分におきたことをそのママ出しちゃうじゃない。あれってさ、いろんな体験を消費してるだけっていうか。
でもこの人は30年も自分の中に秘めてきてさ。それからこんなに美しく出せるんだって思ったら、ちょっとこう忍耐力っていうかさ(笑)。

なるほど。

忍耐力。熟成して。熟成って大事だなって。

普通の人は何かできごとがあってもそれを30年間熟成できないですよね。もちろん忘れたりもするし、それを言葉として表現する事も難しい。でもそれがちゃんと時を経た分美しくというか、磨かれた状態で出てくるってすごいですね。

この人がすごいのは、「あの時自分はどう思った、こう思った」みたいな事は一切書いて無くて、こんな出来事があってこんな情景だったみたいな。そういう情景をちょっと描写する位の感じなのね。それがまたよくて。

「ユルスナールの靴」はちょっと違うんだけど、 須賀敦子がユルスナールっていうフランスの女性作家をすごく気になっていて、その人の人生を辿りながら自分と照らし合わせていくみたいな本で。

なんかね、わたしもけっこう須賀敦子とか興味ある人と自分を照らし合わせたりするから共感できるところがあって。この人の考え方とか。

なんで30年間もたって、60才になってから「よし、出そう」ってなるんだろうね?

須賀敦子はフランス語、英語、イタリア語ができる人なんだけど、たぶんいろんな言葉を知り過ぎてて、自分の言葉っていうのにすごい慎重になってたんじゃないかな?って。

なんかどっかにそんな事が書いてあった気がするけど。自分が文章を書くなんて、あくまで自分は翻訳者だから表に出ないで翻訳に徹する感じだったんだよ。

すごいね。ずっと翻訳に徹してきた人がいよいよ満を持したわけだね。

そう。書こうと思ってなくても出てきちゃったんじゃないかな?

ずっと文章に関わる仕事をしていて、それが磨かれ続けて。そんなに最初から「私の話を聞いて」「私は何かこれを発表したい」みたいな感じじゃない人が「でももうこれ以上抱えきれない!」みたいになったんだろうね。

ね(笑)。だからこその美しさみたいなのがあってさ。

この人はね、敬虔なキリスト教徒でずっと神様に祈りながら、神様を信じながら生きてきたのに「ついに幸せは感じられなかった」みたいな人なのね。

おぉ、それは。

それもまた考えさせられる。宗教ってなんなんだろう?みたいな事も含めていろんなことを考えさせられるね。

この人は「女の人が勉強するなんて!?」みたいな「女の人生=結婚、子育て」が当たり前な時代に、留学して勉強するのを貫いたような人で、そもそも生き方が道を外れてるの。

なるほどね。なんかすごいな。

宗教の話でも、自分がこれを信じて幸せになるって思っていて途中でそれでダメだったと気づいたとしても、なんか気づかないようにするんじゃないかな?って思うんだよね。自分で見て見ぬ振りをするというか。

しかも信じている期間が長ければ長いほど、辛いじゃないですか。自分が「これだっ!」て信じてきたものがそうじゃないかもしれないって。

それをちゃんと「違う」って認める事ってすごいことだな、と思いました。

すごいよね。

今は選択肢がたくさんあるから「これが違う」って思ったら「これかも?」ってできるかもしれないけど、この人はどっぷりキリスト教だから、その道で幸せが感じられないって時にさ、宗教が違うどうのじゃなくて「そんな自分ってどうなんだろう?」みたいな。

「宗教がもしかしたら違うのかも?」っていうのはたぶん1ミリもないんだと思う。読んででそれは思う。

あぁ、なるほど。そうかぁ、そういう信仰っていうのは持ったことがないから分からない部分ですね。信仰ってすごいですよね。

すごい。信仰っていう経験が無いなぁ。信じられるとしたら自分だけ、みたいな(笑)。

(笑) 自分も信じられるかっていったら怪しいし。

そうだね。本人じゃないから分からないけど、須賀敦子はずっと苦悩しながら生きてきて。でも、こうやって本になったモノはすごい美しくて。
すっごく幸せな人がこんな美しいものが作れるか?っていったら作れないのかな?っとかさ。いろいろ考えさせられる。

そうだね。こんなに熟成期間持てる人もいないだろうしな。
読んだら自分も「適当な文章書いてちゃいけないな」って、反省しそう。

これは20代の時に読んだ本?

うん、20代の時。ずっと読んでるな。

30年間熟成されてるって話を聞いていて、しかもその30年っていうのが「時間」だけじゃなくて、いろいろな「経験」とか「思考」の積み重ねがあって。かつそれが研ぎ澄まされた状態で一冊に本に書いてあるってすごい事ですね。

そうだね。なんかくらくらするよね。

これは本っていうより、この人に衝撃を受けたって感じ。
この人の本はどれを読んでもいいと思う。



お話しを伺った感想を少しだけ:

最近、タイトルだけ面白そうで中身はブログをそのママコピペしただけ、みたいな本を見る事がありますが、そんな流れとは対極にある本のお話しでした。

30年間、言葉のプロとして翻訳者という裏方に徹してきた女性が、その磨き続けた、熟成された言葉を使って紡ぎだす文章。読んでみます。


鈴木美咲さんが紹介してくれた大切な本の一覧はこちら

1,「銀河鉄道の夜
2,「旅をする木
3,「ユルスナールの靴
4,「バルザックと小さな中国のお針子
5,「引き寄せの法則-エイブラハムとの対話-」
6,「ゾクチェンの教え」
7,「深い深い水たまり」
8,「美の浄土」

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