タイトル:旅をする木
著者: 星野 道夫
紹介者:鈴木 美咲
内容紹介:(Amazonより)
正確に季節がめぐるアラスカの大地と海。そこに住むエスキモーや白人の単純で陰翳深い生と死を、味わい深い文章で描く。天と地と人が織りなす物語を、暖かく語りかけてくるエッセイ集。
星野道夫は知ってる?写真家の。
はい。
私が20才で会社勤めを始めたとき、小田原から池袋まで通ってたのね。
小田原から池袋?遠くない??
すっごい遠かったの。だからひたすら読書をしてたわけ。
それは凄いな。よく通ってましたね。
1年で挫折して引っ越したんだけど。
それはそうだ。
「旅をする木」は古本屋で買ったでエッセイで。
今までぜんぜん星野道夫を読んだこと無かったんだけど、古本屋で「なんか気になるな」と思って買って。読み始めたらなんかもう感動して、電車の中で泣きそうになっちゃって。うるうるしながら読んで。
なんかね、手紙みたいな形で書いてあるのね。
「 いかがお過ごしですか?」
とか、星野道夫が淡々と語りかけるように書いてあって。写真家なんだけどこの本に写真は一枚ものってないんだけどね。
星野道夫は若い頃に一度アラスカに行って、その後、日本で仕事したのか分からないんだけど、どうしてもアラスカが忘れられなくて、結局またアラスカに渡ったの。
そういう経験があったから、自分(星野さん)が日本にいて電車に揺られてる今この瞬間にも「アラスカではザトウクジラがざばーん!とはねてるかも。」って想像して、同じ瞬間に存在してるっていう事に感動する。みたいな事が本の中に書いてあってね。
その話を私も電車に揺られながら読んでたから「あぁ、今クジラが…!」ってなって。
あはは(笑)。ざぶーんって!
そうそう(笑)。
いろんな時間軸が自分の中にあるって凄い豊かじゃない。それでなんか「私はもっとそういう世界を広げたいなっ」て思ったんだよね。
へぇー。
でもこれも星野道夫の文章って控えめだから、すごいこう、静かに書いてあるわけ。「クジラがすごい!」とかそういうのじゃなくて。この文体も好きだし、なんか度々読み返して感動がよみがえるんだよね。
やっぱり視野が狭くなっちゃうじゃない、仕事が忙しくなったとかりすると。今目の前にある事しか見えなくなって。でもふと「クジラが!」って思い出すの。
などほど。クジラいがいにも、手紙みたいな感じで幾つかに分かれて書かれているんですか?
そう、幾つかに分かれてて。クジラのが最初に書いてあったか覚えてないんだけど、アラスカのいろんなところで写真を撮る為にキャンプとか野営して、いい写真が撮れるチャンスをずっと待つんだけどさ。そういう、一人で山の中とかにいる時に書いてる文章なわけ。
「一人で氷河に来ています」とかね。
あぁ…それはすごいね。
だからこの文章に流れてる時間が、もう違うわけなんだよね。
「一人で氷河に来ています」の一言で想像される情景とか、そこに辿り着くまでの過程とかを考えても、もの凄く詰まった一言だね。
うん。
やっぱり本の面白いところだな、と思うんですけど「一人で氷河に来ています」の一行で想像する、それぞれの頭の中に浮かぶ情景って皆違うじゃないですか?なんかそこが素敵なところだなって改めて思いました。
いいとこだね。
だってやっぱさ、音楽はCDと生演奏で全然違うし、映画もいろんな人の手が入って完成された状態で私たちのところに届くけど、なんか本とか文章とかって、その人が書いたそれが「そのまま」じゃない。それがすごいなって。
どんな紙に印刷されても劣化しないというか、書いたそのまんまがそのママ読めるから。あいだに挟むもがなくて、その純度が凄いと思って。
なるほどね。表現の手段として、距離が近いというか。
そう。でも、読む人によって受け取り方は全然違うからさ。なんか文字って不思議だなって思うんだよね。
文章を書くのは好きですか?
好きだね。
文章を書くことが好き、っていうのが自分のアイデンティティの一つになりますか?
うーん、なるかもね。言葉自体が好きだからね。
なるほどね。そうか、言葉かぁ。
喋るより読み書きの方が好きかな。
そっか。不思議ですよね、言葉って。特別な言葉とか言い回しじゃなくてもなんかこう「すっ」と心に入ってくるような言葉ってあるし。
うん、そうなんだよね。不思議だよね。
その言葉に触れた時に「あぁ。うんうん。なんかそう、そこだよね。掴んでるよね。」っていうものがある。
不思議だよね。限られた言葉の中でね。
そうそう。 そうじゃない、同じような言葉を使ってるはずなのに、表面をサラーと通り過ぎちゃうものもあるし。
うん。
でもなんかあれだな、小田原から池袋に行くときにクジラのところを読んでたら会社に行けなくなりそうだな。
あはは(笑)。そうだね。
私はいいのか?会社に向かっていいのか?って疑問が生まれちゃいそう(笑)。
それこそ、本を読んでいて自分がどこに引っかかるか?で今の自分の状態が分かるじゃない。
あぁ、なるほど。
だから、単純にいい文章書いてるな、で終わらないんだよね。自分の観察しながら読んじゃうと。
引っかかるポイントで今の自分の状態が分かるから。
うん、だから自分を知る為に読む、みたいなのもあるかもね。
本を探す時はなんとなく「あっ」っと思って手に取ってみるってかんじ?
うん、そうだね。神経衰弱みたいなね。
(笑)
古本屋でそうやって手にとるとけっこう当たる事が多い気がする。
うーん、なんだろうね。でもそういうのも人間の不思議なところだよね。
うん。なんか、新しい本屋だと「これを売りたい!」とかさ、いろんなのがあるじゃない。古本屋はこう、ただ並んでるから目立ちやすいんだと思う。こうやって背表紙だけで並んでるから。
本だけじゃないんだけど、それが入ってくるタイミングと、入ってこないタイミングもあるし。出会うときの。
そうそう、まさにそういうもの。でもこの本は20才の時に読んでよかったと思う。たぶん、ある程度人生一区切りついた後で読むと落ち込むかもね(笑)。
あはは(笑)。なんで?
違う人生があったかもしれないって。
これからっ!て時に広げてくれる感じ?
広げてくれると思う。
そっか。でも、それで言ったら銀河鉄道の夜は何歳になって読んでも大丈夫そう?
そうだね。物語としても面白いし、道徳的な、宗教とか真理とかの感じで読んでも面白いし。
自分が死に近づいた時に、みたいな部分もありそう。
だからあんなに名作になるんだろうね。名作はどれも一度ちゃんと読んだ方がいいよね(笑)。
名作ってほんとに名作なんだな!ってあるよね。
私もなんか若い頃はさ、名作じゃなくてサブカルというか、ちょっと外れたのを読みたいと思ってたけど、あらためて「やっぱ名作はすごい」って思う。
そうだね。何か普遍的なものを捉えているからこそ沢山の人に愛されて、ていうものが名作として評価されるんだし。
そう。ただの話としても面白いしね。
ありがとうございます。「旅する木」を自分が読んだ時に「あー、こんなふうなのがあったかぁ…。」って思いたくないなって思います。
そうだね(笑)
そうじゃないと。
怖いよね。
怖いよ。
まぁ、でも何歳から変わってもいいからね。
お話しを伺った感想を少しだけ:
通勤電車に揺られている途中、本を読みながら「あぁ…今クジラが!」とうるうるしている女性。個人的にすごくグッときます(笑)。今まさにこの文章を書きながら小田原から新宿に通勤している私にとっては、とても自分に重なる事の多いお話しでした。
仕事に追われ、やらないといけない事で頭が一杯なってる自分に、ふと「違う時間軸の世界」が存在している事を気づかせてくれる一冊。東京の時間が全てじゃない。当たり前だけど忘れがちな事で、忘れたまま生きて後で後悔するのは嫌だな、と心から思います。
鈴木美咲さんが紹介してくれた大切な本の一覧はこちら
1,「銀河鉄道の夜」
2,「旅をする木」
3,「ユルスナールの靴」
4,「バルザックと小さな中国のお針子」
5,「美の浄土」
6,「引き寄せの法則-エイブラハムとの対話-」
7,「ゾクチェンの教え」